突然の。
暗い雲の重層を破って、もくもくと白い入道雲。勇んで外に飛び出すと猛烈な光線にくらくらとなり、妄想、幻覚、いや日射病か、ともかく木陰に避難して、道行く人を観察していると、アスファルトから立ちのぼる陽炎の中、誰もが正気を失っているように見える。
「古屋誠一 メモワール.」を見に、恵比寿の東京都写真美術館へ。古屋さんはオーストリアで活動されていて、1999年の秋、私たちが公演のため訪れたオーストリアのグラーツで初めてお会いしました。稽古場や街角にふらりと現れ、他愛のない話をしたり、飲んだり。写真も撮っていただきました。2ヶ月間の滞在中に古屋さんのお宅に招いていただく機会もあり、そこで古屋さんの写真を初めて見ました。ふざけて笑っている普段の古屋さんと、その写真に写っていたものの隔たり。夥しい数の写真。そこに写っていたのは、ほとんど亡くされた奥様でした。
今回の写真展でも、奥様と一人息子の「光明」の日常を写したものが、年代順に羅列され、観客はひとつの家族の強烈な光と、深い闇、死から始まる物語に立ち会うことになります。80年代という時代。自分の記憶も交じり、想いが行ったり来たりします。
記憶と記録。25年に渡って問い続けてきた「メモワール」と題されたシリーズは、今回最後となるそうです。「探し求めていたはずの何かが、今見つかったからというのではなく、おぼろげながらも所詮何も見つかりはしないのだという答えが見つかった」とインタビューに応え古屋さんは仰っています。
祖国を離れ、出会い、愛し、別れ、残された男の記録、あまりにも私的でありながら、「無限の悲しみ」と「燦然と輝く朝の予感」を訴え続けているようにも見えます。
ZORAのチラシも昨年、一昨年と古屋さんの写真を使わせていただきました。光と影、境界線、炎、古屋さんの切り取った風景が、ZORAの世界を静かに包んでくれました。