ABOUT US

★ZORA

2001年、劇団第三エロチカの女優、吉村恵美子、坂本容志枝らによって結成。
現代を生きる女の希望、絶望、渇望、様々な葛藤を自分達の視点で切り取り、表現してゆきたい。
そんな思いから、ZORAはスタートしました。
2015年11月10日残念ながら吉村恵美子他界。今後は坂本より発信させていただきます。



2018年2月18日日曜日

「息衝く」ポレポレ東中野 2月24日20:30 いよいよ公開!! 私も登壇します!



映画息衝く←クリックしてください!
2月24日封切します!ポレポレ東中野登壇者

感慨深いものがあります。初めての映画出演でした。いつも演じることは悶々とはするのですが、舞台とは違い、自然な空間で感情の繊細さをミクロで問われてる気がしてました。現場はさりげない空気の中で演技にはいっていくのですが、そのさりげなさはちゃんと準備してなければ太刀打ちできるものではなく、その風の中で生きている人物像があらねばならない。その場で自由に吹かれる柔軟性をも問われる。舞台というものの与えられた劇場の枠組みもなく、信号機の前だったり、富士山の前だったり、その日の天候下だったり。外気に晒され、今思えば私はまたちがう世界で自由に表現者として生きられる場を求めていたのが、映画だったのかもしれません。


映画「息衝く」母親役:悦子を演じました。死にゆく病魔に襲われ死んでいきます。

監督の求めることは、はっきりとはわからずともこれじゃだめなんだなとあるベクトルに気づく。そのべクトルは私の中で今までにないものでした。でも個人的なことはともかく、監督の息衝きが息吹いています。皆さん是非ご来場願えますように。24日封切日には私も登壇いたします。ご都合願えればお待ちしておりますね。



あと先週は思いがけなかったものに出会いました。初台の新国立劇場で催されていた
坂本龍一with高谷史郎/設置音楽2 ※トレイラー映像をhttp://www.ntticc.or.jp/ja/exhibitions/2017/sakamoto-ryuichi-with-takatani-shiro-installation-music-2-is-your-time/

この日はプールで泳いで、鉄道マニアおすすめの鮭の美味しい店に行く予定でしたが、まだ時間もありちょっとここを覗きました。暗闇の空間に入った瞬間から5秒で異空間に飛ばされました。音と光。今や坂本龍一さんはメロディーでもなく、音を表現する。その空間で脳がスイッチする。なんだかとても聴きたくなるという感覚が芽生えそしてからだが包まれていく静粛の中で、言葉にできないけれどあるエモーションを与えてくれる。いい経験でした。



あなたの顔はどれでしょう?


これは同じスペースで開催されていたNTT主催の「未来の再創造」のイベントの一つ、自分で写真を撮り、写真が加工される。笑えるのは私だけ?本当の自分の写真を自分で選ぶ。さて何番?こちらは自分を疑ういい経験でした。アハハのハ~



2018年2月11日日曜日

ヨルダン・マルコフ・ブルガリア五重奏団



気持ちの浮き沈みはあるけれど渋谷に到着。歓楽街を歩いていたら悶々としたものが炭酸のようにはじけていきました。そのはじける速度が全身に響きつつ、歩く速度と相まって、ああ移動することは大切なんだなあとしみじみ思いました。
よい医師は薬を処方せずとも、気分転換が大事と言われる。病は気からです。

2月8日こまっちやクレズマ×
ヨルダン・マルコフ・ブルガリア五重奏団

2月8日渋谷「サラバ東京」のライブへ。東欧の刺客と銘打たれたブルガリアから来られた紳士を中心に5人のユニット。ダイナミックな演奏、テンポアップで繊細なメロデイ。言葉はないのに「ああ音楽っていね」と感動の一夜。19時半から開演し終演は22時15分を過ぎていました。栗ちゃんと東急百貨店前で別れ、神泉の駅まで私はとぼとぼと一人での道のりのなか、ぽかぽかと胸が。こうして芸術は人を温めてくれる。それが私が生きてきた証のようにも思えて思わず涙がでそうになりました。自分の中の未開拓な部分にくわを入れる。出会ったことのない芸術に触れあい、内面で何かが動きだしていることも感じつつ、未来に向かってほんとうに幸せな夜でした。

栗ちゃん(かもねぎショット)、誘ってくれてありがとう! また行こうね。

2018年2月5日月曜日

HAPPYNEWYEAR

友達からこんな年賀状が作成できるよといただきました。これはいいと何もしていない私はすぐに食らいつき、この場で皆さんにひと月遅れのHAPPYNEWYEARです!


てなもんでと、この写真はもろ私らしく笑っちゃいました。現代は争いごとは回避してあまり本音を言わなくなっている気もしますが、どっか胸のつっかえがあって私はたまに言ってしまうのですね。ああ言わなければよかったとあとで思ってもおそく、その後の内面のざわつきに一苦労。

そう、この日は浅草東洋館に行ってきました。元フランス座です。ここで劇団時代に公演をしたことがありますがもうすっかり忘れていましたね。「かもだる田」を観劇。「だるま食堂」さんは好きですね。全体的にも笑いっぱなしの2時間でした。


知り合いの葬儀が1週間のうち2度あり伺いました。本日天国へ召された仕事場で知り合った男性は実はお笑いを目指していたとある時私に。坂本さんがずっと芝居を続けてることは本当に素晴らしいと目を輝かせて言ってくれました。公演にも観に来てくださっていたのに。37歳。早すぎる死に訃報を聞いた時、言葉がでませんでした。



肉もちもち棒とズワイ蟹棒を食べ、カラオケして、コント見て、オイスタバーで牡蠣をたらふく食べる。そこに人がいて笑って一緒に何かをすることは何気なくしていますが、きっとこんなに幸せなことはないんですね。彼のためにも今日はひとりで献杯しようと思います。

2018年1月28日日曜日

李潤澤(イ・ユンテク)演出「露宿の詩」

27日土曜日。三河島=日暮里ARTCAFE百舌にて「露宿の詩」を観劇してきました。私は2011年に渡韓し、釜山の李潤澤(イ・ユンテク)氏の劇団コリぺの本拠地で肉体訓練と合宿をし「女中たち」を釜山で公演をし、行ったりきたりでおおよそ3ヶ月在中。凱旋公演でその夏、新宿で「女中たち」を上演。↓↓

 2011年8月新宿タイニイアリス 李潤澤演出女中たち」中央ぺ・ミヒャン/坂本
2011年釜山、金海、密陽、コチャンで上演。久保庭尚子 坂本



「露宿の詩」に戻ります。ユンテクさんは詩人でもありますが選出されてくる本には唸ります。演劇を通して真の芸術家であり、ご自身の訴えが響きをもって胸に伝わってきます。さすがというしかありません。自分が7年前あんなに熱くなり韓国に行った気持ちが蘇ってきました。

「露宿の詩」二人のホームレスのお話。エドワード・オールビー『動物園物語』を下敷きにした本作は、韓国近現代史を、1960年代から『ろうそくの広場』に至るまでを紐解く物語。社会はどこに向かえばよいのか? 李潤澤さんはこれからの演劇は社会に向けて声をかけるべきだと告げておられます。

終終後。左から2番目ぺ・ミヒャンさん。日暮里ARTCAFE百舌の主催者。
通訳の方、李潤澤(イ・ユンテク)氏、名優(ミョンゲナム)この方の台詞の多さが凄いし、演技は自然で、最後まで舞台を引っ張ていかれました。
演出家荒川貴代さん、役者呉東植(オシンドク)氏。劇団コリぺの演出家
でもあり久しぶりの再会。演技派。やさしい笑顔は変わらず。
久しぶりにユンテクさんとお話ができ、うれしかったです。この日は映画監督、シナリオライターの方もいらして、話は広がりつつ、三河島の街をあとにしました。

2018年1月22日月曜日

日本民家園

歌舞伎を屋外で見る三重県志摩《船越の舞台》花道、回り舞台もある。

川崎市生田緑地の中にある日本民家園に行ってきました。かなり広い緑地でした。移築された古民家23家。東北、信越、関東、神奈川、三重、岐阜、富山、鹿児島等。臼や機織り機、囲炉裏、かまどをみているうち、SCOT(旧早稲田小劇場)での富山の合掌造りでの合宿、また能をやってた時のことが思い起こされつつ、それよりも何よりも日本人のあったであろう生活が思い起され胸にズシンと響きました。もう忘れかけていたと思ってた歴史があり今がある。フローリング、段差のない生活に慣れ、時代は早さを求められますが、こうしてまったり一日を過ごせることに幸せを感じます。


うす

いくつかの民家で火を起こしており、暖まりつつその日はじめて会った方達と言葉を交わします。皆さん穏やかで知らないことを教えて下さったり。今の子は「これ、本当の火?」と言うとのこと。午前中は小学校の児童が400人来ていたらしいですが、午後は平日でもあり空いていてゆったりと緑の中で時を過ごせました。

  歌舞伎をする舞台。
この丸い区切りが回り舞台、奈落では人がいて舞台を回します。

    奈落に行きました。ここで人力で木の棒を回していた。

帰りには緑地内に岡本太郎美術館もあり、覗きました。
「以外に仕方がないらしかったは爆発だ」

2018年1月14日日曜日

白鳥の湖

14日:東京文化会館 大ホール(上野)「白鳥の湖」

谷桃子バレエ団新春公演2018

かもねぎショットで、一昨年共演した川瀬美和さんからのお誘いで観劇しました。生オーケストラの迫力と、何よりダンサーの方がもう白鳥にみえました。人間が白鳥になる。芸術に関わる方の一途さは分野は違っても、もの凄く伝わってくるものを感じ、その一途な踊りと愛に感動しました。川瀬さんは本も出版され、クラシックバレエの先生でもありますが、いつも凛とした姿であり、ああなるほどと今回の舞台を見て感じました。ビール友達は続行。かもねぎショットは贅沢なメンバーです。でもその方が所属している舞台を観ないと、これまでの活動を知らなかったりして、今日は本当に行けてよかった。

私にとって新年はまさに今日!この舞台を観て明けました。身が引き締まりました。
「白鳥の湖」が今年最初に観劇する舞台でよかったです。この感動を胸に秘め、私も今年に向けて突き進みたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

2018年1月8日月曜日

リビング・ウィル


南アフリカの海
            
テレビから漏れてくる人の声に救われ、またテレビの雑音にも疲れる。いつも年末からのバタバタはZORAが12月公演が多かったことと、自分の仕事上年末など関係なくなってしまったことも便乗していた。周りが時の趣に流れていく中で、人が動く時にことを起こさず、人が休んでいるときに動く。そんな習わしが身につきはじめていた。でも吉村さんもそうだったからその思いは一人ではなかった、自分で築きあげた家族も子供もいない私達にとっては。そして私は七草粥が終わる頃、ようやく新年の気持ちが芽生え始める。

 仕事をしていると次々と差し入れがある。その気持ちがうれしい。

一年は走り出したら止まらないから、どこかで骨休みしないと一年の行先を見失ってしまう。でも幸せなら赴くままでOKなんだろうな。新年の心積もり。今、時を越えて思う。芝居以外にもうひとつの仕事に関わる中で、数年前にご家族からリビング・ウィルの誓約書を預かりました。このようなものがあることも知らなかっです。



次は「初春」と刻み込まれた北海道小豆のどら焼きを頂く。元旦は昼夜、赤飯。

私の母は昭和の女であり、いっぱしの筋が通っており子供に負担をかけないという意味で立派である。私はそんな母を思春期は受け容れられなかった。でも今はいい友達、料理と洋裁を伝達してもらっている。そんな母も大病もし一時は気も弱くなった。がその後、自分が死ぬこと、お墓のことまで、全てを整理し、自分が死んでも周りに負担をかけさせないように配慮をしている。橋を何度も何度もこれでもかと叩いては渡ってきた人である。私は一番身近にいた女性が母で、きっと私はそれが嫌で橋は叩かないと押し進んできた。でも今となってはどちらも必要。

リビング・ウィルでなくても遺言書に書いてる人もいるでしょう。でも遺言書では遅い。人の終わりはなかなか自分では調整できないのではないかと思います。心も体も弱まった時にどれほどの意思表示ができるのか自信がありません。私が4年間病院に関わった時に2月の深夜になると次々と人が亡くなっていきました。魔の季節の2月とも言われてました。今日もと思いながら、ナースさんの傍らで死に化粧を施し着替えをし、穴という穴に綿を詰め込む。天国へと見送る作業をしつつ、現実は美しいものではなく、硬直しないうちに入れ歯を入れなければ入らなくなるなど、ご家族には美しい姿を見せたいと朝になるまで制約された時間の中での作業は続きました。


死ぬ時のこと。私自身もそういう意味では、その覚悟と準備だけはしたいと思います。逆算してそんな読みがあれば、それまでの期間に存分に遊べる。不安だらけで生きるなんて面白くもない。一人は安否確認もされず、心臓が止まってしまったらそれまでだけど、やれる範囲のことは社会で生きているノウハウも身につけつつ。それでもだめな時には、もう意識もないし、野垂死とミイラ化。アハハ、ここまで思うと意外に明るくなれる。新年は死ぬことを思う。そんな感じで明日は楽しい新年会に行こうと思っています。楽しみを分かちあえる人がいることは何よりの幸せです。幸せをもっともっと体に染み込ませ、人生を楽しみたいです。今日こそが、私にとっては新年あけましておめでとうかもしれません。新しい一年の船出です。皆さんの一年も思う存分、楽しいことを願っています!