ABOUT US

1982早稲田小劇場入団
1988劇団第三エロチカ入団
2001ZORAを劇団第三エロチカ吉村、坂本で活動。
2015吉村他界。
2019ZORAを閉じる。
2021「プロジェクト榮」を、演出:俳優/篠本賢一、
舞踊家:俳優/花柳妙千鶴と活動開始。
2023「よなよな」久保庭尚子と立ち上げ。

2014年2月23日日曜日

新しい世界(ヨシムラ)





昨年の10月から今日まで、その間に起こった出来事と思ったこと。





この2月、オリンピックが始まった日、入院した。初めての経験である。手術を終えた翌朝、一面の雪景色のあまりの眩しさに、もう今までの人生は終わり、新しい朝、新しい世界が始まったのだと思った。冷たく美しいこの雪のような世界。





ZORAの始まり、それは今世紀の始まりでもある訳だが、私にとって波乱の始まりでもあった。ずっと続いていくはずの家族や、仕事や、劇団が次々と離れていった。むこうから、あるいは自ら。このブログ紹介にも「現代を生きる女の希望、絶望、渇望、様々な葛藤を自分達の視点で切り取り、表現してゆきたい、との思いからスタートした」とあるが、40代にさしかかろうとしていた頃で、エネルギーとままならぬことの折り合いがつかぬまま、ともかく作品を産み出すことでしか進めないような切羽詰まった感じがあった。子供を産まないことの代償のような思いもあったかもしれない。






その後は、不景気の波に飲まれたり必死で生活を支えながら続けていくうち、絶望や渇望も薄れ、自分たちの思いより、優れた作品を見つけ具現する方へ向かっていった。ZORA公演も第10回を数え、わたしは50歳になり、昨年の公演をやり終えたとき、病気が見つかった。病気によって、日々の積み重ねや、予定や、展望が、いったん白紙になった。丈夫な体さえあれば、という確信も崩れた。まさに晴天の霹靂であったが、生きていればいろいろあるうちのひとつでしょうと思えるに至った。



先のことがわからないというのは、不安でもあるけれど、自由でもある。いい機会なので、休息と充電の年にしようと思っている。幸せなことに友だちがいて、助けてくれる。惜しみなく。本当に感謝している。



足裏マッサージをしてくれた小野寺さんと栗栖さん。王様気分。

漠然とした報告になってしまいましたが、無事退院し快復に向かっています。様子をみて活動も始めます。入院中は、身体の不思議を日々感じ、同部屋の方々との楽しい交流や、主治医の先生や看護師さんとの話からたくさんのものを得ました。いつかなにかのかたちで表せる日が来るかもせれません。




写真は、病院の窓から見た景色です。東京の海、夜明けの空、発見です。

2014年2月16日日曜日

ジョン・カサヴェテス「 レトロスペクティヴ」:渋谷オーディトリウムにて上演(サカモト)

「単純なことだ、君は女じゃない、女優だ。君は何も気にしない。人間関係もセックスも愛も人の感情も個人的な問題も金銭も常識も、すべて忘れる。この絶対的献身が芸術をつくりだすんだ。

この時期に、「グロリア」、「オープニング・ナイト」を再度見る事になるとは思わなかった。そして
ジョン・カサヴティスの作品でこれ迄に見ていないものも見た。新宿TSUTAYAに「フェィシズ」、「チャイニーズ・ブッキーを殺した男」「ラヴ・ストリームス」VHSの在庫を見つけ、また渋谷オーディトリウムで、「こわれゆく女」「オープニング・ナイト」を観に2度ほど通った。どの作品も、決して古くない。
精神を破壊していく女性をこれほどに、見続けてくれる監督。                                                  
        確信犯の監督と、尊敬してやまない女優ジーナ・ローランズ。   
若かりし頃の自分はとても観念的で、言葉で自分を縛っていた。「~君は女じゃない・・・」このフレーズを演劇をはじめた頃、耳にした。女優という職業が、普通の職業とは全く違った叡智と、巫女的体感なくしてはできない神業のような気がして、とても惹かれたのである。その言葉がまさか「 オープニング・ナイト」の映画中で語られていたとは。渋谷の映画館で何十年ぶりに、この言葉に再開し、一人ぷるぷる震えがきました。
 
「オープニング・ナイト」は、演劇を舞台にした話。主演女優、作家、プロデューサー、スタッフ達。そして自分は端役だという男優を演じる、監督でもあるジョン・カサヴェティス。心が破綻しかけそうな主演を演じるジーナ・ローランズが、深夜、端役である男優の部屋を訪ねる。するとドアを開けた端役は「君は主演女優なのだから、端役の部屋にくるべきじゃない」と言われ入れてもらえない。女優は女じゃないと言われつつ、
何かにすがりたい女の悲しい一線が、一気に噴出された瞬間でもある。
一昔前キャリアウーマンともてはやされ、沢山の女達も上昇志向に走った。時代の波もあった。
でも女の壁に突き当たる。今の女性たちは、そんなことも軽々とくぐり抜けているのだろうか。
                                      監督・役者     ジョン・カサヴティス

2014年2月9日日曜日

今日の空(サカモト)


何年前だったろう、ストレッチャーに乗せられ手術室に入ったのは。麻酔も、一、ニ、三の三の音の記憶もおぼつかないまま意識が途切れた。はじめて自分のからだにメスを入れた。やはり怖かった。でも今こうして元気に生きている。医学に対する興味、人間というもの、その頃から少しづつ自分も変わっていった気がする。

母も大手術を経験した。術後、震えだし低体温になる母のからだを、急遽ダイナミックな布団乾燥気のようなものをベッドに持ち込み、それで全身をくるみ熱を当て体温を上げていった。くるまれている母を見ながら、
生きているいというあたりまえだと思っていたことが、こんなに尊く、紙一重なのかと思い知らされる。

人はやはり愛を与えてくれた人には、無償になり祈る。そして最後にはもう祈るしかないのである。現代医学もよりよき最善をつくしたなら、あとは見守るしかない。そして昔はより多く祈ったことだろう。世界がとりあえずこんなに整理されているようには思えなかったし、食べ物だって飢饉が続いたら飢え死にするしかなかった。 だから祈った、どうぞ雨が降りますようにと。

いつも見る空が、ちがう空に見える日。それはきっと何かが変容した日である。
友達は有難い。ひとり者の面白さも、話せる友達がいるからこそ救われ、また元気になれる。

雪の華:渋谷で稽古していたとき、近くのHMから毎日流れ、耳に焼きつき好きになっていました。

2014年2月1日土曜日

立春大吉(ヨシムラ)




2月1日、本日の夜明けは6時41分。冬の間は真っ暗ななか家を出て、職場に着くまでに徐々に夜が明けてゆきます。朝焼けが恐ろしいくらいに美しい色に染まる瞬間があり、寒さを忘れてみとれます。そして日々、少しずつ夜明けが早くなって少しずつ寒さが緩んできます。今年の冬は厳しかった。けれども春はもうすぐそこまで来ているようです。もうあと少しです。



忙しさにかまけてずっと不義理をしていた両親に会いに八柱霊園へ。千葉県松戸市にある都立霊園で、緑も多く幼い頃はピクニック感覚で墓参りに行っていた。祖父母が、そして両親が、近親の者がこの世から消えてしまってから、墓参りは特別なものになった。この時ばかりは子供を持たなかったことを心細く思ったりする。ましてや1月平日の霊園は誰もいない。つがいの鳥が脅かすようにすぐ近くに降り立つ。名も知らぬけれど美しい鳥。この鳥を父母に見立て、「その節はありがとうございました。恥ずかしきこと、間違うことの多き、不甲斐ない娘を、どうか空の上から見守ってください」と頭を下げた。日差しが暖かくなった、感じがした。