ABOUT US

1982早稲田小劇場入団
1988劇団第三エロチカ入団
2001ZORAを劇団第三エロチカ吉村、坂本で活動。
2015吉村他界。
2019ZORAを閉じる。
2021「プロジェクト榮」を、演出:俳優/篠本賢一、
舞踊家:俳優/花柳妙千鶴と活動開始。
2023「よなよな」久保庭尚子と立ち上げ。

2011年9月26日月曜日

東京台風(ヨシムラ)


休憩室のテレビで「竜巻警報」と伝えている。「へえ、東京で竜巻ね」と思って、テレビの後ろの窓に目を移すと、まさに竜巻が起こっていて、木片や、骨から離れてビニールだけになった傘が、くるくると宙を舞っていた。雨粒もまわってなんだかすごい模様をつくっている。しばし見とれながら、子供の頃の台風の前のざわざわとした気持ちや、停電に備えてろうそくの火でご飯を食べる予行演習を家族でしたことなど思い出していた。

仕事を終え、決意して嵐に身を投じ、洗濯機から出てきた人みたいになりながら駅にたどり着くと、時おそし、全ての電車が止まっている。帰宅難民。まさにそんな感じの群れが構内にあふれている。どうしても帰らなければならない家があるわけでもないが、帰れないとなると、ぜひ帰りたくなる。不思議だ。唯一動いていた大江戸線で森下まで行き、懐かしい店でハンバーグを食べていたら、「電車が動き出しました」と知らない人が教えてくれた。

東京。台風で荒れた街も、疲れきった人々も愛おしく。


台風のあと、終わらないと思ってた夏の終わり。 秋の始まりまでの、スキマ。
「スキマに立つ」お稽古は快調に和やかに進行中!
近々、公演案内をお届けいたします♪

かもねぎショットのページはこちら。



2011年9月18日日曜日

お座敷小唄(サカモト)


~富士の高嶺に降る雪も、京都先斗町に降る雪も、雪に変わりがないじゃなし。とけて流れりゃ皆おなじ~お座敷小唄♪この歌が耳から離れなくなってしまった。歌詞といい曲といい、このカラっとした明るさが、すごくいい。

9月にはいって、ようやく時間をゆっくり使えるようになりました。仲のいいともだち、お世話になった方と話す時間がある。心境の変化、環境の変化を聞く。誰の人生にも流れがあって、久しぶりに会うと、心のひだがあの時からこうして重なりつつ、その人の現在が、今あるのだなあと思う。

公演の感想を聞く。聞いているうち、その人のものの考え方が伝わってくる。昔は人と話すことがとても苦手であって、公演も終わったらおしまいのままだった。でも今は、話したいと思う人とは時間をつくり話すうち、また新たな発見や、距離をもって終わった公演をみつめることもできて、こんな時間は大切だなあとつくづく思います。夜、ひとり部屋にいると、虫の響きに囲まれながら、やはり聞きたいのは人の声だったりして。9月、これからの後半も出会った方と語らいながら、ゆっくり秋風に吹かれていたいです。

そして10月はいよいよ、かもねぎショット公演の稽古に邁進です。

2011年9月11日日曜日

Agotaへ(ヨシムラ)

お久しぶりです!
たぶん昨年末以来、稽古場で顔を合わせたZORAのふたりです。


あれからそれぞれの場所で生きて、この夏、揃ってひとつずつ年も重ねて・・・ わたしたち元気です!

昨年末の芝居「ジョンとジョー」 の作者、アゴタ・クリストフが7月27日、移住先のスイス・ヌーシャテルの自宅で亡くなりました。ZORAも12年になりますが、結成の頃から折にふれアゴタ・クリストフの戯曲をめくり、その台詞、世界観、彼女の生き方に共感し、触発され、私たちの作品づくりに根底からじわじわと影響を与え続けてきました。「いつかスイスで公演をする」「アゴタ・クリストフに会う」という私たちの夢がありましたが、ひとつは叶わないものとなりました。ZORAは、次回作にアゴタ・クリストフ「伝染病」を上演するつもりでおりました。この作品は震災後の地、放射能にさらされた国で、また新たな意味を持って語りかけるのではないかと思っています。公演時期は未定ですが、いつか。いつか作品にします。

「まず、当たり前のことだが、ものを書かなければならない。それから、ものを書き続けていかなければならない。たとえ、自分の書いたものに興味を持ってくれる人が一人もいなくても。たとえ、自分の書いたものに興味を持ってくれる人などこの先一人も現れないだろうという気がしても。たとえ、書き上げた原稿が引き出しの中にたまるばかりで、別の原稿を書いているうちに前の原稿のことを忘れてしまうというふうであっても」
アゴタ・クリストフ『文盲』より

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さて。
今日は、11月に上演する、かもねぎショット「スキマに立つ」の稽古初日です。わたしは本当に久々の芝居の現場で、緊張のため一番乗りしてしましたが、懐かしい稽古場と、気ごころの知れた人たち、そして強烈におもしろい刺激的な人たちのなかで、ゆるやかに助走して、かろやかに跳びたいと思っております。
詳細はまた。じょじょに。
 

2011年9月3日土曜日

September :天からの声(サカモト)

                      李潤澤さん演出風景 
         
「女中たち」の終盤、ソランジュの長台詞がある。私が演じるクレールは、姉ソランジュに殺され床に横たわっている。再び起きあがるまで、長い時間がある。お客さんに背を向けているので、うっすら目を開ける。その時、暗闇の舞台に差し込む、青い照明の細い光の筋が、目に飛び込んできた。ああ、と私は横たわりながらも崩れ落ちそうな気持ちになった。ジャン・ジュネの生きていた空間、時代、悲しみ、力強さが、スーっと脳をよぎり、私を満たしたのだ。

これに似た体験を、やはり能「隅田川」のシテ母親をやったときにもあった。面をつけ、一足進むにもよく見えない中で、やっと全ての台詞が終わり、最後に正面を切った時に私の内面の声が自然に溢れ出したのだ。「ヒデオ先生ありがとうございました。」その時は既に他界されていた恩師である観世栄夫さんへの思いだった。

李潤澤さんも、観世さんも、本当に一生懸命に教えてくれる。李潤澤さんは、既に自分が死んだ時のことを視野に入れ発言する。観世さんはいつまでも生きていたい人だった。こんな熱い演劇への魂を持った演出家に出会えて、私はとても幸せだと思う。今年前半は、「女中たち」1本に力を注ぎ、韓国に赴きいい体験でした。さみしいけれど、これで一区切りです。

      タイニイアリス 8/24~28「女中たち」舞台


疲れから開放されぬうち、仲間うちからは公演を終え23日も経つと、厳しいご意見が相次ぎ、なるほど、さすがこれまで一緒にやってきただけのことはある、その意見に頷いてしまいます。けれど初めてお会いした方から暖かい声もいただき、その瞳にも感謝しています。もっと長い公演であれば、修正しながらもより厚いものになる可能性もあるのになあなどと、まだまだ欲張り心満載です。

          夏から秋へ咲き続ける百日草

そして9月になりました。怒涛の如く終えた8月に幕をひき、カレンダーのページを一枚捲りました。これから来ていただいた皆さんに少しづつですが、お礼のお手紙を書きつつ、次の公演の準備に入ります。本当に来てくださった皆様、ありがとうございます。これからも精進し、皆さんに何かを感じていただける公演をできればと思っています。鈴虫の音色に空気も澄み、季節も少しづつ移ろいを増していくことでしょう。スポーツの秋、芸術の秋、食欲の秋、どうぞ皆さんにとって健やかな日々でありますようにと願っています。                                坂本容志枝